4月は新学期。
芸術系の名門、麟徳学園寮Maison luneを、目の端に涙を浮かべながら、転校生、稲葉徹は見上げている。
時折通り過ぎる女生徒たちからの視線は痛いが、今日に至るまでの日々と比べようもない。
男子校の寮で過ごした目に染みるような過去。
おかげ様で、女の子の手なんて握ったことも無いし、同世代の異性と話をした記憶すらない。
だが信じられないことに、この寮には女の子も住んでいるらしい。
念願の文化系部活動は、女の子が一番多い所を選ぼうと300日前から決めていた。
不純な動機だとは思わない。これまでが純情すぎただけ。
かと思いきや、編入試験合格ラインギリギリだった徹の入居先は、Maison luneの裏に建つオンボロ学生寮「月見荘」だった。
高級ホテルと見間違えんばかりのMaison luneと比較すればまるで犬小屋。
見た目そのまま、麟徳学園では功績と部員数によって寮の待遇が大きく変わる。
体育会系の部員ばかりが住む月見荘に入ると、のんきで図々しい住人たちから勧誘の嵐。
これまでの人生さながら、流されるままに体育会系部活動に引きずりこまれようとしていた所を担任兼寮母である桜菜々子
に救われ、断ることに成功する。
恋の始まりであった。
菜々子 の好意を無駄にしないためにも、その日のうちに美少女揃いで評判の美術部に入部届けを出す。
絵には縁のない生活を送っていただけあって、入部試験には当然のように不合格。
だが、クラス委員であり、美術部副部長である桐島さくらに助けられ、仮部員として認められることに。
恋の始まりであった。いい加減な男である。
授業では厳しいが、寮に帰ると母親のように世話を焼いてくれる、桜菜々子。
近寄り難い優等生だが、クラス委員の使命感からか何かと面倒を見てくれる桐島さくら。
この二人、二人きりの時は気のないそぶりを見せるくせに、三人揃うと徹の保護者権をめぐり何かと対立をする。
春。桜色の季節に出会ったのは
世話焼きな二人のさくらと、愉快で悩める三角関係の始まりだった。